海を流れる河

「海を流れる河」というのは、石原吉郎(詩人 1915−1977)のことばだが、このことばが最近少しずつ身体に浸透してきた。以前は、私より妻の方が時々口にしていた。それがこのところじわじわと我が身体と意識のなかに広がっている理由の一つは、小田実の長編小説『河』をこの夏読み終えたからだろう。この作品は各巻約600ページ二段組で3巻、しかも未完(小田の絶筆となった)の大作である。一昨年と昨年で第 3 巻のはじめまで読んで、中断していたのを、この夏、7 月 30 日、彼の没後 10 年という区切りの日に、最後まで読み切ろうと決めて、日本の敗戦の日 8 月 15 日に読み終えた。 

小田実(小説家、思想家、市民運動家 1932−2007)は鶴見俊輔にとってベ平連(ベトナムに平和を市民連合)の推進役として期待し、その期待に見事にこたえた終生の盟友であった。10 年歳下の小田実という人物に会えたことは鶴見にとって、よほどの喜びだったようで(アラジンのランプから巨人が出てきたとそのことを語るほどだった)、彼との架空対談を含む共著『オリジンから考える』(岩波書店)を没後1年に出版し、言葉を尽くして、日本のプラグマティスト小田実像を語っている。小田実という人物はその言葉と行動の両面で「思想の科学」を体現していたはずである。 

その小田実が文学者として最後の情熱を注いだ作品が『河』であった。この作品の主人公は、木村重夫という少年で、朝鮮人の父と日本人の母を持ち、朝鮮名は玄重夫(ヒョンジュンブ)。物語は、1923 年 9 月 1 日関東大震災の日、震災のさ中、燃え盛る東京の街を親子 3 人は逃げ惑うのだが、父親が朝鮮人狩りの市民組織に捕まってしまい、分かれ分かれになってしまうところから始まる。父親は生きのびて、植民地下の朝鮮に渡り、独立革命の活動家として中国革命に関わっていくのだが、息子の重夫も母親の兄つまり伯父を頼って、上海、広州、香港で暮らすことになり、その中で、現地のさまざまな人々と交流する。上海も広州も知る人ぞ知る国際都市であり、しかも当時の中国は国民党と共産党の国共合作による北伐と革命が進行していく模索と混迷の状況の真っ只中にある。とりわけ両都市はその激動の中心であった。重夫少年はここでさまざまな人と出会い交流を重ねる。インターナショナルスクールの友人、伯父の経営する商社の現地社員、もちろん伯父その人、さらには伯父の知人。それらの人々を通して人のつながりはさらに広がる。多くの人は革命に何らかのかかわりを持っている。主人公重夫少年は街を歩き何でも見ては、彼らの話を聞く。そして考え続ける。やがて、少しずつ彼らとの対話が始まる。時には、行動と経験を共にするが、当面は歴史の目撃者・証言者として生きていく。全編が対話と学びと冒険の物語である。ずばり、主題は、ユーラシアの人民の解放と平和であるといってい

いだろう。まさに海を流れる河である。 

3年がかりで読み終えた『河』3巻は、内容の一つ一つは忘れてしまうが、ユーラシアの人民の解放と平和という問いと模索への執念が、海を流れる河のように残っている。 

そのユーラシアの人民の解放と平和という主題の中で、いま最も緊迫した問題は北朝鮮のミサイル・核実験問題であることは誰もが疑わないところだ。この夏、毎日のようにテレビ、新聞でくりかえされてきた、愚かなリーダーによるあのおぞましいミサイルの姿。これをどうとらえるか。今もって納得のゆく像を結ぶことがない。不幸なしかし正体をつかみかねる人民の姿とそれを操る国家、それにくらべると健全なわれわれの国と国民というありがちな対照イメージを排して、真実に近い実像をつくりださねばならない。 

 

 

『河』の主題であった、ユーラシアの人民の解放と平和という主題の現在の姿の一つがここにあらわれていると思う。『河』の主人公重夫少年の血の半分が朝鮮人のものであり、あとの半分が日本人のものであったことを意味あることとして振り返る。さらに重夫の父親の魂はきっと朝鮮の山河を人民の解放を求めて歩き続けているだろうという思いも持っている。それが架空のものであっても、リアルなものであると思っている。それが文学に浴するということだろう。 

そんな思いと、次の谷川俊太郎の詩が結びついた。 

 

 

衆生をあの世へ送る使命に硬直して

ファロスに似たものが飛び立っていく

炎と轟音に揺れる野花を残して 

私と業を分かち合う地球の子 ミサイルよ 

 

この詩は 7 月 26 日に朝日新聞に載っていたものの冒頭の 4 行で、作者による次のようなコメントも付いている。「今作のきっかけは「北朝鮮のミサイル発射。全体主義国家に恐怖を感じる一方、米国など西側の圧力に金正恩氏や北朝鮮国民が抱く「孤立感や恐怖感」をも想像。「責任が自分にもある、他人事とは言えないことを書きたいと思った」」 

そして第 3 連は次のように続く 

 

心の入れ物の蓋を開けるが何も入ってない

慌てて蓋を閉じて空っぽを隠す

そこからだ すべてが始まるのは 

何を入れるかは自分だけだは決められない 

 

 

「私と業を分かち合う地球の子 ミサイルよ」 

この 1 行を打ち出した詩の力に感動している。

 

(3年ほど前の冬、日月堂で谷川さんが来てくださった時の写真)

 

 

 

日月堂 

「思想の科学」という水脈  

 上野文康    

 

日月堂

 

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