思想の科学という水脈 第6回 赤坂真理『東京プリズン』  2018年2月3日

 赤坂真理の『東京プリズン』は出たときすぐに買い求めて、読み始めたが途中で読み進められなくなって、そのままになっていた本である。最近、親しい友人に、その赤坂真理の『愛と暴力の戦後とその後』(以下では『愛と暴力』)をぜひ読んでくれとすすめられ、それを読み進めるのと並行して、『東京プリズン』を今度はしっかり読むことができた。赤坂真理という私より一回り若い小説家(1964年東京生まれ)は、この2冊の本と共に私のなかに存在し続けるだろう。

 『愛と暴力』で、次の文章に出会ったとき、やはりそうなんだという確認をすることができて、この人と根底のところでつながることができた気がした。

 

  

 

  「戦争」とか「あの戦争」と言ってみるとき、一般的な日本人の内面に描き出される最大公約数を出してみるとする。

  それは真珠湾に始まり、広島・長崎で終わり、東京裁判があって、そのあとは考えない。天皇の名のもとの戦争であり大惨禍で

  あったが、天皇は悪くない!終り。

  真珠湾が原爆になって返ってきて、文句は言えない。いささか極論だが,そう言うこともできる。でもいずれにしても天皇は悪

  くない!終わり。

  この前の中国との十五年戦争のことも語られなければ、そのあとは、いきなり民主主義に接続されて、人はそれさえ覚えていれ

  ばいいのだということになった。平和と民主主義はセットであり、とりわけ平和は疑ってはいけないもので、そのためには戦争

  のことを考えてはいけない。誰が言い出すともなく、皆がそうした。それでこの国では、特別に関心を持って勉強しない限り、

  近現代史はわからないようになっていた。私は大学を出たけれど、それだけでは近現代史は何も知らない。それは教育の自殺行

  為でもあったのだけれど。

   しかし、ひとつの国や民族が、これほどに歴史なしにやっていけるのだろうか?

   私の国の戦後は、人間心理の無意識な実験のようである。

   どれだけ歴史を忘れてやっていけるか。

 

 私は誰かにこういうことをきちんと言ってほしいと思っていたのだ。私は高校の社会科教員を仕事としてやってきた人間だから、こういうことを自分の口から公言することはできないと思ってきた。これを社会科教員が言ったとしても、それはあたりまえの正論として響くだけだろう。赤坂は一人の高校生がアメリカ留学での体験の中で痛みと危機として自覚し始め、その後も抱え続け、探り続けてきた自分の日本人としての歴史認識のありようを見つめてきたのだ。赤坂にこの2冊の本を書かせたのは、高校生の時に始まる痛みと危機の体験なのだが、彼女はそれが一般的な日本人としての自分の存在のありようと深くつながっていると気づき、考え続ける。そして、この一般的な日本人を生み出している現代日本社会の情況を戦後日本社会のつくられ方の問題として追及していく。

 私は誰かにこういうことをきちんと言ってほしかったのだが、私自身は、いくつかの事情で「大学を出たけれど、それだけでは近現代史は何も知らない」人間にはならなかった。一つには、私の父が1925年生まれで、あの戦争が終わった1945年に父は20歳だった。その父が若くして海軍の軍属になり終戦の時、佐世保にいたとだけは聞いたことはあるが、彼がその戦争について語ることはほとんどなかった。その欠落を埋めるべく、この世代の知識人の著書を私は格物の想いをもって読んできた。1924年生まれの吉本隆明、1922年生まれの鶴見俊輔、1925年生まれの色川大吉などの著書がそうであるが、彼らは日本の戦争の歴史的体験と取り組むことが彼らの人生そのものであったような人々である。一方で私のこの世での仕事が高校社会科の教員であり、とりわけ私が職場とした学校では、日本史は近現代史を教えることを目的として授業を行ってきている。そういうわけで、いわば、私は赤坂とは逆の位置からであるが、同じ日本の問題を見つめてきたのだと思っている。それで、赤坂がどういう経緯でこういう認識を持つようになったか、を書いたこの2冊の本との出会いは私にとって、新たな力を与えてくれた。

 「『東京プリズン』という小説は、私が十五、六歳から抱えることになった鬱屈を、象徴的に書いてみようとしたフィクションである」と赤坂が書いているように、この鬱屈の表現である作品は夢の記述、記憶の錯綜などを駆使して進行していて、私は一度目は読み切れなかった。この『愛と暴力』は、言わば「メイキング・オブ・『東京プリズン』」にあたる著作でもあるので、ふたつは裏表の関係になっていて、併せて読むことで理解と感動は深まると思う。

 本というものの持っている力の一つに、世界を開示する力があると思う。赤坂の2冊の本を読み進める中で過ごした時間の中で、アメリカと日本をめぐる歴史(とくに戦後史)の中に置かれた日本人の世界像を探っている自分がいることを私は感じていた。赤坂の模索する姿を追いつつ、なぜか私が幾度も想いうかべたのは都留重人であった。次回はその都留重人のことを書こう。

                                                                                                                                日月堂 上野文康

 

 

日月堂

 

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